- ためになるワインの話, 伊藤治美
- おせち料理に合うワイン
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私がまだソムリエになりたての頃、お正月に数の子とシャンパーニュを一緒に口に入れて、その生臭さに悶絶したことがあります。
数の子等の魚卵、そしてお魚の脂は不飽和脂肪酸と言って常温で液体の脂で
とても酸化しやすいものです。
ワインの成分のうち約4%は鉄分。
この鉄分が酸化しやすい魚の脂と反応して
あの、生臭さを醸し出しているそう。
日本酒は鉄分約1%なので、ワインほどには生臭さを強調しないんですね。
では、キャビアとシャンパーニュは?
これは、あるサイトには
「本当は合わない。あれは高価なキャビアとシャンパーニュを一緒に頂く恍惚感と思い込み」とあり、笑いましたが
ヒントはレモン。
キャビアにレモン果汁をふることで酸化しやすい脂をレモンのクエン酸がマスキングして、それがシャンパーニュのリンゴ酸とマッチングするそうなんです。カルパッチョ等もオリーブオイルが魚の油とワインとの緩衝材になっているんだとか。
なるほどねぇ…
と、納得して
この件は終了にしようとした私に
ある和食屋の若大将から
「おせちに合わせるワインを教えてください」
と、メールが来ました。
「そんなの好きなの飲んだらいいやん」
「せっかくのめでたい正月だよ!好きな料理。好きなワインを飲む。これだけ!」と
返信したかったのですが…。
でも、それではプロとは言えません。
ソムリエなら
マリアージュの不思議を知った上で
「好きなのを飲んだらいいじゃないか」と言いたいですよね。
マリアージュの基本はソムリエ教本には
①料理の味わいの濃度に合わせる
②地方料理にはその地方のワイン
③料理とワインの品格を合わせる
とあります。
それに加えて 今回もう少し考えてみましょう。
まず、お肉やお魚にはガンガン動き回って野性的に生きてきたものと、農場でゆったり飼われていたものがいます。
鯖やマグロ、ブリなどの回遊魚やジビエ、地鶏の肉は絶えず運動したが故に乳酸が多く含まれています。
この乳酸系の肉質、と合わせるワインは、やはり乳酸発酵させたワイン。 また脂にはワインのタンニンがよく合いますので渋みのある赤ワインが好相性といえます。
反対にあまり動かないヒラメやカレイ。タコ、イカ、白身の鶏肉、養豚場出身の豚などは乳酸よりもグリコーゲンが豊富で、ワインの中の酸と相性がよく、 よって酸味のある白ワインが合います。
しかし、そういった白身の魚や肉も、死んで日がたつと乳酸が生まれるため、
あまり酸味のある白ワインよりも、少し乳酸発酵させたまろやかなワインが合ってきます…。
それだけではありません。
乳酸系の赤身肉質でも、提供温度を下げて冷製にし、酢やレモン果汁でマスキングすると白ワインに合い、
また、グリコーゲン系の白身肉質でも、焼いたり煮たりして乳酸を含むお醤油で味付けすると、赤ワインにぴったり相性がよくなります。
調味料になにを持ってくるか
提供温度によっても
マリアージュは
変わってきます。
そうやって考えていくと お酢や梅、しょうが、レモンたれなどには白ワイン。
醤油、味噌、黒胡椒やわさび、マスタードには赤ワインが合い
魚には白! 肉には赤!
と、肉の種類だけでどうこう言えないことがわかります。
おせちには様々な具が入っています。
煮しめ、酢の物、焼き物、伊達巻、栗きんとん。ブリや海老。田作り・・・
「この全部に合うワインなんてない!」
と投げ出したくなりますが
ちょっと待って。
ポイントは味付け
おせちは日持ちすることを前提にしているので
お砂糖、お醤油を使って甘辛く味付けしてあります。
ここでリンゴ酸がたっぷりのソーヴィニヨン・ブランを合わせるソムリエはあまりいらっしゃらないと思います。
おせちの味付け 醤油、みりん、砂糖、だし汁・・・これらの乳酸と糖分、アミノ酸は 渋みがあり、乳酸発酵させた赤ワインと良い相性です。
しかし、おせちは常温以下で食べることを考えると、冷えて締まったテクスチュアを壊す酸味がほしいですし、重箱には酢の物も入っています。
ということで、乳酸発酵を途中で止めた、 乳酸もあり、リンゴ酸も残る中庸なワインが合うのではないでしょうか?。
リンゴ酸と乳酸の両方を持つワインは シャブリやグラーブのセミヨン。ガメイ、北イタリアや冷涼な地域のメルロー。 南アメリカのシュナンブラン、南フランスのロゼ・・・
他にもたくさんあると思います。
ちなみに私のお勧めは グラーブの白ワインの少し熟成が進んだ物。
スミスオーラフィットや、カルボニュー、フューザルなどです。
セミヨン多めのセパージュは良い熟成を経るとソーテルヌを思わせる重厚で荘厳な風味を醸し出します。 非常にエレガントで複雑、様々なスパイスと面白いコラボレーションを見せてくれます。
高級ワインと言うと、どうしてもブルゴーニュの名醸ワインが思い浮かびますが、せっかくのまとまった年末年始の休暇。乳酸とリンゴ酸を頭の隅に、いろいろなマリアージュに挑戦してみませんか?。